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宮古島市

平 良 市

位置

 沖縄本島から南西へ約325kmの位置にある。宮古島の北半分を占め、池間島、大神島の2島を含めた市域である。地形はきわめて平坦で、土壌は島尻マージ(赤土)がほとんどで保水力に欠け、かんばつの影響を受けやすい。しかし、琉球石灰岩が広く分布しているので河川はないが地下水は豊富である。

 海岸は狭い裾礁のサンゴ礁が発達し、砂山やパイナガマなど砂浜の美しいビーチをつくりだしている。

 池間島は宮古島の北端、西平安名岬の北方約13kmに位置し、19922月に池間大橋で結ばれた。沖合約5kmには八重干瀬と呼ばれる広大なサンゴ礁があり、昔から豊かな漁場として知られている。

歴史

 宮古島は14世紀末に琉球王国の支配下に入った。1522年には地元の支配者、仲宗根豊見親が眠る湛水御嶽近くに蔵元を置いて後より、平良は宮古の中心として栄えるようになった。1629年首里王府は宮古を統治するため役人である在番を派遣し、8年後には人頭税制を施行、1903年の廃止まで島人を苦しめた。1908年に平良村から24年に町へ、47年には平良市となった。1955年に空港が開設されたことにより、島の発展の基礎となり、現在では東京直行便も就航し、全日本トライアスロン宮古島大会など多くのイベントも開催され、多くの人が訪れるようになった。


特産品

・宮古上布、サンゴ工芸、泡盛、黒糖、海ぶどう

伝統行事

・ウヤガン(祖神)祭祀

 大神島では旧暦6月〜9月、狩俣、島尻では旧暦10月〜12月までの3 カ月間にそれぞれ5回に分けて行われる秘祭。

・パーントウ

 島尻で毎年旧暦の9月に祭日を選んで地域単位に厄払いのための祭祀を行う。

(市の花)仏桑華、(市の木)ガジュマル、(市の花木)センダン、(市の蝶)オオゴマダラ、(市の鳥)メジロ


城 辺 町

位置

 宮古島の東に位置し、西は平良市・上野村と隣接、南北と東側は太平洋と東シナ海に面している。ほぼ平坦で農業に適しているが琉球石灰岩からなる地層は保水力に欠け、早魅などに悩まされている。

歴史

 町内域で約20カ所の遺跡が確認されておりその大部分がグスク時代のものと推定される。1314世紀ごろに集落が成立したと考えられている。また、宮古における封建社会の統治は人頭税を取り立てることに集中し、移住を強制。現在、城辺町を形成する集落は、ほとんどこの移住政策によってできたとされている。1908年城辺村に、1947年に城辺町に昇格した。

特産品

・泡盛、黒糖

伝統行事

・クイチヤー

 豊年祈願、雨乞い、男女の娯楽として昔から踊り継がれている。昔は、一日の仕事を終えた村の男女が明け方まで踊りあかしたという。

(町の花)テッポウユリ、(町の木)イヌマキ


下 地 町

位置

 宮古島の南西部に位置する。北は平良市、東は上野村と接し、南西は来間島を臨んで太平洋に面している。平坦な地形で、与那覇湾、嘉手苅の入江湾など変化に富み、与那覇前浜は砂浜が美しい海水浴場として知られている。平成7年与那覇前浜と来間島との間に来間大橋が開通した。来間島の周囲は裾礁のサンゴ礁が発達して海岸線が美しい。

歴史

 町域には、14世紀以降のものといわれている遺跡が12カ所ある。最大のものは1416世紀の集落の跡とみられている与那覇遺跡である。水と食料が簡単に得られる海岸近くの場所だった。その後、集落を支配する統率者が出現し、浦天太や加賀良按司がほぼ現在の町域にあたる地域を統括するにようになった。1908年に下地村となり、1948年に同村から上野村が分村し、1949年に下地町と改め町制に移行した。農業を中心とし自然環境をいかしたリゾート観光にも力をいれている。

特産品

・マンゴー、パパイヤ、しめじ、アロエベラ

伝統行事

・十六日祭

 旧暦116日に行われる。

・サニッ

 旧暦33日、干潟で農耕馬による競馬が行われる。現在はサニッ浜カーニバルとして開催されている。

・ヤーマス御願

 旧暦9月の甲午の日と翌日に行われる。

(町の花)ハイビスカス、(町の木)イヌマキ


上 野 村

位置

 宮古島の南部に位置し、北は平良市、東は城辺町、西は下地町と隣接している。村の地形は山地や河川がなく、平坦である。台地状で標高4060mの琉球石灰岩の段丘面である。南海岸は1020mの低い海成段丘が東西に走り、海岸部は数mの海食崖からなり、礁池(イノー)を裾礁が取り巻いている。

歴史

 村内の豊原集落には、宮古島唯一の旧石器時代の遺跡があり、古くから人が住んでいた。

 中世には大嶽山に居城を構えた大嶽按司がこのあたりを支配していたといわれる。また、村の太平洋側に面した地域には1516世紀頃の村落跡があり、石製品や銭貨などが出土している。琉球王府時代の上野村域は当初、富国と新里の二カ村であったが、1716年に野原村が加わり三力村となった。第二次大戦後、1948年に上野村として独立するまでは現在の下地町の一部で通称「東部」と呼ばれていた。現在は9行政区からなり、リゾートホテルやドイツ文化村が建設され賑わいをみせている。

特産品

・トラバーチン、スイカ、マンゴー

伝統行事

・野原のマストリヤー

 旧暦の815日に行われる。マストリヤーの棒振りは民俗芸能として評価されている。

・ンナフカ祭祀

 宮国地区で旧暦7月、8月中乙卯の前後3日間に神々を迎え、歓待するカイ(迎え)ンナフカ。9月、10月中の同じ期日に神々に感謝し、見送るウサギ(捧げ=送り)ンナフカ行事が行われる。

 (村の花)マリーゴールド、(村の木)センダン


伊良部町

位置

 沖縄本島から南西へ約320kmに位置し伊良部島と下地島からなる。山や川はなく全体に平坦で、南東部の標高888mの牧山が最も高く、南西部には緩やかな傾斜になっている。両島の間には細長く入り込んだ入江があり、干潮時には陸続きになる部分もみられる。

歴史

 村落の発祥は1310年に野崎村の人々が伊良部島長山の積上原野をつくり耕作を開始したのが始まりだといわれている。後に久貝村となる。1395年、人々は生活の便を求めて伊良部元町に移動して村落を形成する。佐良浜、池開村、前里村は1820年、首里王府と宮古頭主命により池間の主が池間島より強制移住で発祥したという。1908年には伊良部村が成立。翌年には佐良浜で現在も活動が盛んなカツオ一本釣り漁業が開始され、1918年には伊良部島と下地島に橋が架けられた。その下地島に1979年、我が国唯一のパイロット訓練飛行場(下地島空港)が建設された。また、1982年には町制が施行され伊良部町となった。

特産品

・カツオの佃煮、泡盛、南蛮漬け、かつおぶし、なまりぶし

伝統行事

・ヒダガンニガイ(浜神願い)

 佐良浜で毎年2回、旧暦2月と12月に日を選定して行われる。竜宮の神に豚を捧げ、人々のいのちと健康を祈願するものといわれている。

・ミヤークヅツ、豊年祭、サニッ、ハーリー

(町の花)ハイビスカス、(町の木)ガジュマル、(町の鳥)サシバ、(町の魚)カツオ、(町の貝)サザエ