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金武町
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金武町

位置

 沖縄本島のほぼ中央部、東海岸に位置している。町域は国頭山地の恩納岳連山が北側の恩納村に接し、その山地の裾野に広がる丘陵地域が東側に低くなって金武湾に臨んでいる。並里地区には地下鍾乳洞があり、金武大川や慶武田川などの横井戸が発達している。

歴史

 町域で最も古い遺跡は沖縄貝塚時代早期の西先謝原遺物散布地である。『おもろさうし』には「金武の世の主」とよばれる人物が描かれており、古琉球時代から金武を中心とする地方領主がいたとされ、その領域が後の金武間切となったと考えられている。19世紀半ばにはペリー艦隊の奥地踏査隊が金武間切番所を訪れ最高の環境と施設だったと評している。1908年には町村制が施行され金武間切から金武村になった。1899年には移民の父と称される富山久三によってハワイ移民が送り出され、沖縄の海外移民発祥の地となり、明治、大正、昭和戦前期を通じてハワイ、南米、フィリピン、南洋諸島などへ多くの移民を出した。沖縄戦のときは、本島中南部からの疎開や避難民の流入が多かったが、いち早く米軍の占領下におかれ大規模な戦闘は免れた。その後県内最大の屋嘉捕虜収容所が設置され1947年まで軍人・軍属が収容されていた。

 戦後は、米軍基地が設置され、その軍用地面積が町域の約60%を占めている。1946年には町域の一部が宜野座村として分離し、1955年には金武町となった。現在第3次金武町総合計画に基づく町づくりが進められている。

特産品

・鍾乳洞貯蔵の泡盛、水イモ

伝統行事

・南ヌ島

 赤く染めたつるを被り、六尺棒や三尺棒を持って演技する伊芸区の民俗芸能。

(町の花)サクラ、(町の木)クバ

 本島周辺離島町村別データ