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久米島町

仲 里 村

位置

 那覇市の西、約100kmにある久米島をほぼ二分した東側部分を占める。全体に山がちな地形だが東の海岸側にかけては平野がひろがり、農地として利用されている。また、東海岸にはイーフビーチなど砂浜がのび、島を代表するリゾートエリアとなっている。東側海上には奥武島(オウジマ)とオーハ島があり、その先には白い砂だけでできた砂州のハテの浜が連なり、美しい景観をみせている。

歴史

 先史時代の遺跡は少ないがグスク時代のものは八つ確認されており、現在の平野が湿地であった頃には多くが高台に暮らしていたとされる。

 久米島が統一されたのは中世のことで伊敷索(イシキナワ)按司が統一した。仲里村には彼の子が派遣され、この時から仲里と具志川の行政区分ができたとされる。しかし、伊敷索一族の統治は長続きせず、尚真王代に中山軍に討伐された。琉球王朝時代後期の久米島では、コレラ、赤痢などが大流行して人口も半減した。沖縄戦では、その口火となる米軍の艦砲射撃を受けたが本島ほどの大きな被害はなかった。戦後は糖業をはじめとした農業や畜産、観光業が発達してきている。

特産品

・久米島紬、泡盛、クルマエビ、インゲン

伝統行事

・沖縄角力大会

 旧暦5月の稲穂祭や6月のウマチー(豊年を祈る祭り)のときに行われる名物行事。

・ふれあいの里久米島一周マラソン大会

 毎年10月に久米島全体をコースに行う。

(村の花)ハイビスカス、(村の木)フクギ


具志川村

位置

 久米島の西側部分を占める。また、鹿児島県の徳之島の西、64kmにある無人島、硫黄鳥島も村域に含んでいる。北側には宇江城岳を始めとした低い山が連なっている。それに比べ、南西海岸はゆるやかな砂丘海岸で、発達したサンゴ礁が帯状に並んでいる。集落や畑も南西部に集中している。

歴史

 村内には17の遺跡があり、だいたいが西側の砂丘地帯から発見されている。なかでも北部の下地原洞穴からは18000年前の珍しい乳児骨が見つかっている。

 久米島に按司が現われたのは、14世紀と推定され、最初の按司真達勃(マタフツ)は具志川城を築いた。これに対抗したのが伊敷索(チナハ)按司で、久米島全島を支配下に置くようになり、海外との交易も盛んに行ったとされる。明治37年硫黄鳥島に火山爆発の恐れが生じた際、島に住んでいた人々を受け入れた。

 近年、飛行機がジェット化となり、また期間運航で東京直行便も就航するなど航空路や海路の充実などで豊かな自然やマリンスポーツ(ダイビング、釣り等)を目的に観光客もふえてきた。

特産品

・久米島紬、泡盛、クルマエビ、黒糖、みそクッキー等菓子類、さといも

伝統行事

・ハーリー

 豊漁と海の安全を願う行事で、毎年旧暦の5月に字鳥島で勇壮な爬竜船競漕が盛大に行われている。

(村の花)クメジマツツジ(村の木)リュウキュウマツ