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西原町

位置

 沖縄本島中部に位置し、東側は中城湾に面している。西側の大半は標高100150mの丘陵地で小さな丘と広い谷になっている。一方、中城湾沿いは標高10m以下の海岸低地がつづいている。このふたつの境は急な崖になっている。南側の与那原町との境界には標高150mあまりの「運玉森」の孤立丘がある。

歴史

 西原町域に最初に人が住むようになったのは約3000年前で、当時の人々は現在の棚原集落の北に暮らしていたようである。

 琉球王府時代に、西原間切はウムチマジリ(御持間切)と称され、王府の直轄地であった。「おもろさうし」には棚原の地は一年中喜びに満ちて神酒を盛っていると詠まれ、土地が肥沃でサツマイモ作が盛んな西原間切の繁栄ぶりがうかがえる。西原間切は22カ村からなりたっていた。

 明治にはいり、17カ村をもって西原村が成立した。この頃はサトウキビの栽培が盛んに行われ、中頭郡の農業の中心地として発展してきた。また、移民の村としても有名でハワイや南米へ多く人が移民としてでかけていった。昭和初期には人口の4分の1が外国在住者で占められた。

 沖縄戦による被害も大きく、当時の人口のおよそ4割を失った。戦後は農業、工業ともに順調な復興をとげてきた。町内には、琉球大学・沖縄キリスト教短期大学があり、みどり豊かな文教の町である。

特産品

・サトウキビ・菊

伝統行事

・棚原の12年ま−る

12年ごとの酉年には棚原集落で、村芝居が行われ、その際、民俗芸能の弥勒(ミルク)踊りや組踊も演じられる。

・綱引き

 現在は例年8月頃、字我謝ほか8字で綱引きが行われる。

・内間のエイサー

・桃原の獅子舞

(町の花)ブーゲンビレア、(町の木)ガジュマル