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読谷村

位置

 沖縄本島中部の西海岸に突き出たところ。国道58号線境にして、東は標高200mの読谷山岳を頂点に、南に緩やかな丘陵地となり、西側は127mの座吾味城跡を頂点としてカルスト台地が広がり、段丘をもって海岸へと続いている。残波岬の北側は断崖で、西海岸は遠浅のリーフが広がっている。村の総面積の半分近くが米軍用地である。

歴史

 海岸線に平行する形で37カ所の貝塚や遺跡が発見されている。渡具知東原遺跡は約6000年前のもので県内では、新石器時代のもっとも古い遺跡である。

 三山時代、読谷は中山の最北にあたり、ウフニシ(大北)と呼ばれていた。尚巴志とともに今帰仁城を攻略した護佐丸は、中城城を築くまで座毒味城を居城とし、ここを拠点に読谷山地域を治めた。のちの中山王・察度は対明貿易を開始し、最初に道明使に任ぜられたのが読谷山の泰期であった。のち、読谷山は貿易の利潤で繁栄する。貿易でもたらされた南方の影響を受けたとされる読谷山花織、書名焼きなどがある。

 明治41年の市町村制で読谷村となった。沖縄戦後は通信施設などの米軍基地が村域の多くを占めている。

特産品

・紅いも、読谷山花織、読谷山ミンサー、メロン、読谷山焼、泡ガラス、読谷みそ、かまぼこ

伝統芸能

・都屋のエイサー

・村内各字自治体に多く伝わるエイサー、上り口説、南ぬ島、棒術、獅子舞、組踊等

(村の花)ブーゲンビレア、(村の木)イヌマキ